45年ほど前、関東を代表する焼き物の里「益子」に立ち寄ると陶器市が開かれていて、それぞれの窯元のテントブースを冷かしていると、とあるブースで「私を買って」と掌ほどの「ぐい呑」の囁きが聞こえ、思わず買ってしまったのが現在のコレクションの始まりです。
 当時は、コレクションを始めることなど考えていませんでしたが、このぐい呑みで酒を飲むと、大変美味しく飲めるのです。ところが、他のぐい呑みでは同じ酒でも旨くない。「なぜなんだ?」の疑問がコレクションを始めた切っ掛けとなりました。それからはぽつぽつと、立ち寄った先に窯元があれば、気に入ったものを買い求め、家に帰って「美味く飲めるかな」と飲み試しを繰り返していました。

 コレクションに拍車がかかったのは、現役時代に山口県支部に単身赴任となったときです。「一楽、二萩、三唐津」と言われる格付けで分かるように、山口県は萩焼の産地で休日のたびに窯元を訪ねては、「ぐい呑み」を買い求めていました。それでも飽き足らずに、九州まで足を延ばし、小石原焼、伊万里焼、唐津焼、薩摩焼などの窯元を訪ね回ったものです。その中で、「我ながら、目が高い」と思える出来事が2017年にありました。それは、2009年5月に小石原焼「ちがいわ窯」を訪ね、とても気に入って買い求めた「ぐい呑み」の作者・福島善三さんが重要無形文化財保持者(人間国宝)認定されたことでした。この時は「よし!」と思わず叫んでしまいました。

 このようなきっかけで始まった現在のコレクションですが、廃窯となった千葉県(真朱焼)、東京都(今戸焼)、神奈川県(横浜焼)の買えない「焼き物」もあります。残りは、大阪府(古曽部焼)、高知県(尾戸焼)のみとなりました。というわけで、数も300個ほどになりましたが、その中で2019年に買い求めたぐい呑みは、多くの焼き物作家がしのぎを削り、中には焼成できずに亡くなった作家もいる「窯変天目茶碗」(国宝)写しです。これはちょっと自慢です。もう一つは若手作家物の「伊賀焼」で、荒々しさの中にきりっと締った姿が「これぞ、ぐい呑」といえます。勿論、これで飲む酒も美味です。